こんにちは。
ウズベキスタン旅の2都市目、サマルカンドの次に訪れたのは、かつてシルクロードの中継地として栄えた古都ブハラ。
ブハラの旧市街は、「ブハラ歴史地区」としてユネスコの世界遺産に登録されています。16世紀当時の交易ドーム(屋根付きのバザール)がそのまま残り、今なお現役の市場として機能しています。

また、ポイ・カラン複合体の夕景や、旧市街に点在するマドラサなど、見どころも点在しています。この記事では、ラビハウズ周辺を中心に、実際に回った見どころと、泊まった宿について紹介します。
サマルカンドからブハラへの行き方
サマルカンドからブハラは、列車で1時間40分〜2時間40分(列車により異なる)。ウズベキスタンの列車は様々なタイプがあり、特に高速列車「アフラシアブ(Afrosiyob)」は売り切れになりやすいため、旅程が決まったら早めに予約しておくことをおすすめします。
ただ、私が訪れた2026年6月時点、ウズベキスタン国鉄のアプリやウェブサイトだと、外国発行のカードはなぜか弾かれ、アフラシアブは購入できない(アフラシアブ以外は購入できました)・・・ということで、サマルカンド-ブハラ間は急行列車のシャルク(Sharq)号で行きました。
所要時間は、2時間35分ほど。


ブハラの鉄道駅は、約15km東の町カガンに位置しています。

駅からブハラの中心部までは、市バスもありますが、荷物が多い場合は配車アプリ「Yandex Go※1」での移動がおすすめです。旧市街付近までの所要時間は約20分、金額も25,000ソム(約340円)程度です。
アプリがなくても駅前には客引きのドライバーがたくさんいる(結構しつこい)ので、困ることはなさそうでした(ただ金額は不明なので、乗車前に必ず確認しておくことをおすすめします)。
- Yandex Goはロシア発の配車・交通系&デリバリーアプリで、旧ソ連圏(中央アジアやコーカサス地方中心)で広く使われているので、この地域を訪れる際はかなり重宝します。 ↩︎
ラビハウズ
旧市街の中心となるラビハウズ(Lab-i Hauz)は、観光拠点となる場所で、周辺には見どころがコンパクトにまとまっています。
ラビハウズは、17世紀に作られた池を中心に、周囲にレストランが並ぶ広場です。

池のほとりでお茶を飲みながら過ごす人の姿も多く、旧市街の中でもくつろいだ雰囲気の場所でした。

ナディール・ディヴァンベギ・マドラサ
ナディール・ディヴァンベギ・マドラサ(Nodir Devonbegi Madrasah)は、ラビハウズのほとりに建つマドラサです。
もとはキャラバンサライ(隊商宿)として建設されましたが、開所式で「アッラーの栄光のために建てられた」と言われたことから、急遽マドラサに転用されたという経緯があるのだとか。

ファサードには、太陽に向かって飛ぶ伝説の鳥が、白い鹿を運ぶ様子が描かれています。サマルカンドのシェル・ドル・マドラサがライオンだったのに対し、こちらは鳥という違いがあり、見比べると面白いポイントです。
交易ドーム(Toqi Telpakfurushon ほか)
旧市街には、かつて交易の拠点として使われていた5つの交易ドームのうち4つの建物が残されています。

それぞれのドームは扱う商品ごとにわかれていたそうで、その一つ、タキ・テルパクフルシャン(Toqi Telpakfurushon)は、もとは本を扱う商人のドームでしたが、のちに帽子(テルパク)を売る店が集まり、今の名前が付いたそう。

現在は、帽子のほかカーペットや衣類などのお店がありました。

エキゾチックな模様の描かれたカラフルなテキスタイルや繊細な装飾が施されたお皿など、見ているだけで楽しい。


かつては、各ドームとドームの間もアーチ付きの通路で結ばれていたそうです。

日が暮れると、ドームに明かりが灯り、昼間とは異なる幻想的な雰囲気に。
マゴキ・アッタリ・モスクと公共浴場跡

旧市街に突如現れる遺跡群。これは、かつての公共浴場(ハマム)跡。
その一角の地面より低い位置にあるマゴキ・アッタリ・モスクは、もともとあったゾロアスター教の神殿の跡地に8世紀に建設されたのがはじまりで、ブハラ最古のモスクとされています。

何世紀もの堆積により地面の位置が高くなり、やがてモスクは完全に地中に埋まり、1930年代の発掘調査により、12世紀の美しいファサードが発見されたそう。
現在はモスクとしての機能はなく、内部はカーペット博物館として利用されているようです。

遺跡周辺は、公園のようになっており、夕方涼しくなってから、人々の憩いの場となっていました。
ポイ・カラン複合体

カラン・ミナレットとカラン・モスク、ミリ・アラブ・マドラサの3つの建造物が向かい合うように広場を形成しており、ブハラを象徴する一角です。
ミナレット(カラーン・ミナレット)は12世紀の建立で、高さ約45〜47メートル。チンギス・ハン率いるモンゴル軍の攻撃により街が破壊された際も生き残った、ブハラで最も古い建造物の一つとされています。

特に夕暮れ時にライトアップされた姿は美しく、何度来ても足を止めてしまう場所でした。ブハラの美しさは、夕方以降に本領発揮、と感じさせるそんな光景でした。
★ポイ・カラン複合体の詳細は別記事にまとめています。

ウルグベク・マドラサとアブドゥルアズィーズ・ハーン・マドラサ
ポイ・カランの東に向かい合うように建つウルグベク・マドラサとアブドゥルアズィーズ・ハーン・マドラサは、一つの複合施設となっています。
ウルグベク・マドラサ

サマルカンドにも同名のマドラサがありますが、こちらはブハラ版です。1417年にウルグベクが建設したもので、彼が建てた3つのマドラサの中でも、現存する最古のものだそう。
濃いブルーを基調としており、入口を囲う、ねじれ模様のような装飾が印象的。

入口横にはカーペット屋さんがありました。建物の一部かと思うような調和の取れた模様と色合いが美しい。

内部にも土産物屋がありました。人も少なく、外の喧騒とは別世界な静かな雰囲気。サマルカンドのレギスタン広場に建つウルグベクマドラサと比べるとコンパクトで少し廃れたような、どこか寂しげな印象でした。
アブドゥルアズィーズ・ハーン・マドラサ

ウルグベク・マドラサの向かいには、ブハラの統治者アブドゥルアズィーズ・ハーンにより1652年に建設されたマドラサがあります。

ウルグベク・マドラサに対抗するように、より豪華な装飾を目指して造られたそうで、ブハラで初めて黄色が使われた装飾や、中国の龍、幸運の象徴とされる伝説の鳥セムルグなど、イスラム建築には珍しい具象的な図柄が特徴です。
特にファサードの華やかな装飾は、ブハラの建物の中でも異彩を放っていました。個人的に、こちらの装飾が一番グッときました。

ハーンが在位中に退位させられたため、装飾は未完成のままと言われています。
内部の見学はしませんでしたが、木工品(木彫りのアート)の博物館として利用されていました。
アルク城

ブハラの歴代の支配者が暮らした要塞で、その起源は5世紀頃と言われています。
16世紀、シャイバニ朝のもとで現在の姿に近づきましたが、1920年、ソ連赤軍の攻撃で大部分が破壊され、現在残っているのは城門、玉座の間(謁見の間)、モスクなど一部のみです。


内部には博物館もあり、シルクロード交易で集まった品々などが展示されています。
木造モスクの天井装飾やミフラーブは美しく、見応えがあります。

城壁内の大部分は、外からは想像できない砂漠のような広大な空間が広がっていて、想像していなかったのである意味びっくり!アルク城は高台に位置しているので、旧市街を見渡すことができます。
★アルク城の記事はこちら

ボロハウズ・モスク

アルク城から道路を挟んだ西側には、1712年に建てられた、王室専用モスクがあります。
テラスを支える20本の柱が立ち並ぶ、美しい木造のモスクです。手前中央の柱に唯一オリジナルと思われる装飾が残っているのが見られました。

モスクの前には、その名の通りハウズ(人工の貯水池)があり、池とモスクの間には独立したミナレットが立っています。


天井には、色彩豊かな緻密な装飾が残っており、見応えがあります。

内部は白を基調とし、鮮やかなブルーのタイル装飾が引き立つ空間が広がり、静謐な雰囲気が漂っていました。
チャシュマ・アユブ廟

ブハラでは珍しい、円錐形の尖ったドームが特徴の霊廟です。
ウズベキスタン西部のホラズム地方の様式を取り入れたもので、12世紀に建てられた部分がもとになり、現在の建物はティムールの時代に拡張されたとされています。
預言者ヨブ(アユブ)が、乾いた大地に杖を突き立てたところ、泉が湧き出たという伝説にちなむ場所で、内部には今も聖なる湧き水があり、小さな水の博物館になっているようです。
ブハラ中央市場

チャシュマ・アユブ廟の北側に位置するブハラ中央市場は、生鮮食品から日用品、衣類まで何でも揃う市場。お茶やお菓子などのお土産も買えます。
中心部からはやや離れているので、あえて足を運ぶ必要はありませんが、市場巡りをしてみたい方は訪れてみるのも良いかも。

市場に限らずですが、ウズベキスタンではこのようにクッキーやビスケットも果物や野菜のようにそのまま山積みにされ、グラム単位で販売されていたのが印象に残っています。食べたい量だけ買えるので、便利と言えば便利だけど・・・衛生面とか、湿気ったりしないのか、つい気になってしまいました。
市場見学後は、市バスでラビハウズまで戻りました。ブハラの市バスは数年前に完全キャッシュレス対応になったとのことで、クレジットカードのタッチ決済のみ、1回2,000ソム(*クレジットカード手数料込みで2,030ソム、約27円、2026年6月現在)と、格安で乗ることができます。バスの車両も比較的新しく快適でした。
チョル・ミナール・マドラサ
ラビハウズから500メートルほど北東の住宅街にひっそりと佇むのが、チョル・ミナール・マドラサ(Chor Minor Madrasah)。
小さいながらも印象的な建物です。

「チョル・ミナール」はペルシャ語で「4本のミナレット」という意味で、その名の通り、四隅に青いドームを載せた塔がそびえる、独特な形が特徴です。この塔自体はミナレットとしての機能(礼拝の呼びかけ)を持たない、純粋に装飾的な塔なのだとか。
1807年、裕福な商人カリフ・ニヤズクルによって建てられました。こちらの建物は、かつて実在したマドラサの門だったとされていますが、現在は本体のマドラサは現存せず、この門だけが残っているようです。
4本の塔は、イスラム教、キリスト教、仏教、ヒンドゥー教という、世界の主要な宗教を象徴しているという説や、ブハラの黄金期を築いた4つの王朝(サーマーン朝、カラハン朝、シャイバーニー朝、マンギト朝)を表しているという説があり、「どんな文化的背景を持つ人も、同じ空の下に生きている」という願いが込められていたとも言われています。ステキな考え方ですね。

また4本の塔のうち、1つには、コウノトリの巣と、鳥の置物が乗っています。
かつてブハラでは、街のあちこちの屋根にコウノトリが巣を作る光景が見られ、街の象徴のように親しまれていたようですが、都市開発や環境の変化によって、コウノトリは次第に姿を消していったそうです。
この巣は、かつてそこにいた鳥たちを偲んで、のちに作られたものなのだとか。

現在、建物の1階は土産物屋になっていて、2階部分も入場料を払えば見学可能です。1階の土産物屋の奥に2階にのぼる階段があります。


ただ、2階はほとんど何もない、がらんとした空間。もともと何の用途で使われていたのでしょうか。


バルコニーからは、広場や周辺の住宅街を見渡せる景色が広がっていました。内部はそれほど見どころはないので、こちらは外観を見るだけでもよいかも。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 入場料 | 15,000ソム(約200円) ※カード払いは手数料込みで15,225ソム(2026年6月時点) |
| 所要時間 | 5〜10分程度 |
建物前のアンティークショップ
チョル・ミナール・マドラサの前には、アンティークショップがありました。

ソ連時代のものと思われるピンバッジをはじめ、さまざまな品が並んでいて、中にはソ連時代のパスポートまでありました。


おそらく実在した誰かのものだったのだろうと思われるものが、無造作に束になって山積みにされていて(これは売り物なのか・・・?)、少し複雑な気持ちになりました。


他にも、古いカメラやクマのキャラクターグッズ、ガラクタのように見えるものなどが所狭しと並んでおり、興味深かったです。
泊まった宿|Shakh(旧市街から徒歩圏内)
ブハラでは、Shakhというホテルに4泊しました。

旧市街から数百メートル東、ラビハウズまでは徒歩約5分の立地です。


古めのインテリアで設備も最小限ですが、キングサイズのベッドで、バスルームもゆったりとした造り。エアコンもよく効いていて、6月の灼熱のブハラでも快適に過ごせました。

中庭は、共有スペースとなっています。今回は残念ながら暑くて利用はしませんでした。

朝食もシンプルですが、付いています(今回、ウズベキスタンの宿は全て朝食付きでした)。
朝食付き、Wi-Fiありの個室、4泊で670,000ソム(約9,050円)、1泊あたり約2260円とリーズナブル。ただ、支払いは現金のみで、ATMへ走ることになりました・・・
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まとめ
ブハラは、ラビハウズを中心に見どころがコンパクトにまとまった街。旧市街エリアだけなら、効率よく回れば1日でも回れますが、日程に余裕があれば2泊程度することをおすすめします。
私はもともとゆっくりめの旅程だったので4泊しましたが、日中は宿やカフェでのんびり過ごす日もありました。
また、夏場はかなり暑くなるので、あまり詰め込みすぎず、余裕を持たせた日程がよさそうです。
効率よく回りたい方、ブハラの歴史や背景も学びながら回りたい方には、現地ツアーもおすすめです。
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